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横浜スタジアムの特徴

横浜スタジアム座席表


内野スタンドの前段は可動式。野球場としての使用時にはVの字になってるが、一、三塁側前列を移動させて平行にすることができる。この可動式スタンドや昇降式ピッチャーズマウンドは、いずれもプロ野球以外の興行に使用する事を前提に設置された。このため、横浜スタジアムは日本で初めて設計段階から多目的スタジアムとして造られた建築物といってよく、その後のドーム球場を含めたプロ用野球場の設計に与えた影響は少なくない。

横浜スタジアム建設前の横浜市内には大型の競技場やコンサートホールなどがなく、スポーツや興行の分野では魅力の薄い街であったが、スタジアムの完成がこれらの分野の発展にも大いに寄与した。長年にわたり横浜国際女子駅伝の発着会場となった(現在の発着場所は横浜赤レンガ倉庫)ほか、Jリーグ草創期にはグラウンドに天然芝のマットを敷いてプレシーズンマッチを行ったこともある。

また、コンサート会場としても数多く利用され、矢沢永吉、長渕剛、浜田省吾、氷室京介、THE ALFEE、LUNA SEA、SMAP、おニャン子クラブ、佐野元春、サザンオールスターズ、TUBE、KinKi Kidsなどの国内アーティストの他、マイケル・ジャクソン、マドンナ、プリンス、スティーヴィー・ワンダー、ボン・ジョヴィ、サンタナ、カルチャー・クラブ、スタイル・カウンシルなどの海外のスーパースターが過去に大規模コンサートを行なってきた。 しかし屋根がない横浜スタジアムは、天候によってイベント開催の可否が左右されやすく近隣への騒音問題もあり、また3万人収容という施設に応じた集客が難しいことから、横浜アリーナや横浜国際総合競技場(現・日産スタジアム)が完成した1990年代以降、野球以外でスタンドが満員になるような大きなイベントにはあまり使用されなくなっている。


建物の立体的な外観は、他の野球場に見られるような垂直的なそれではなく、スタンドの上辺が広く下辺が狭い逆円錐形をしている。これは都市公園法施行令第6条1項1号で定められている、都市公園内運動施設の建ぺい率規制によるもので、スタンドの下辺をもって建ぺい率を計算するためのいわば苦肉の策である。兎にも角にも面積上の問題をクリアするためにかなり無理のある設計となっており、そのしわ寄せの例を挙げれば

両翼ポール際付近はスタンドのどの位置からも死角になりやすく、例えば一塁側内野席やライト側外野席に座ると、ライト線に打球が行った場合フェアかファウルかが判りづらい。またフェアであっても外野手の打球処理が見えない。
外野スタンドは傾斜が急なのに加えてスコアボードがほとんど見えない。(バックネット上段に一応サブスコアボードは存在するが、これに表示されるのは得点経過とSBOカウントだけであり、打順表、球速表示、動画スクリーン等は見ることが出来ない)
内外野とも前後の座席間隔が狭いため試合中の離席が困難。
コンコースが狭いため売店やトイレが少なく、試合終了時に通路やゲートがとても混雑する。また、スタジアムが全席禁煙化されてからは、唯一の喫煙場所としてコンコース中が喫煙者でごった返している。
スコアボードが左右の外野スタンドを寸断しているため、ライト側観客席からレフト側観客席への移動が不可。
等々、観客の立場から見て不都合な点も多く、必ずしも快適な球場とはいえない。また、近年に建設されたいわゆる「国際規格」の野球場に比べ、収容観客数の少なさやグラウンド面積の狭さが指摘されて久しいが、法規上の限界(建ぺい率10%以下でなくてはならない)の中で設計されていることから、スタンドの増築を伴う観客席増設や、スタンドの構造変更を伴うグラウンド面積の拡張なども、法令の改正がなされない限り事実上不可能であるといわれている。


しかしその一方で、

ファウルゾーンが狭く内野スタンドのネットも撤去された事から、観客とプレーする選手との距離が近く、臨場感が大きい。また試合の前後に、内野スタンドから直に選手と握手したりサインを求めたりする事が出来る(ただしビジターチームの選手は横浜ファンに配慮してあまりスタンドに近づかず、内野席からのサインの要求にも応じない傾向にある)。
鉄道路線が三つも通り(横浜市営地下鉄・みなとみらい線・JR根岸線)、いずれも球場のすぐ近くに駅があるため、都心や横浜市内からのアクセスがよい。
球場周辺に横浜中華街や山下公園など、試合の前後に立ち寄れるような観光スポットが多くある。
球場周辺にナイター終了後も営業している飲食店が多くある。
など、他球場と比較して有利な点もある。

また、これも設計限界によるものだが、ダッグアウト裏やグラウンド内に場所が確保できなかったため、ブルペンは外野スタンドの下に存在する。従って、横浜スタジアムの外野フェンスは高さがドーム球場並みに5mもあり、バウンドした打球によるエンタイトルツーベースの成立や、フェンスによじ登ってのフライ捕球はまず不可能である。ちなみに、ブルペンは目隠し用のテントと侵入防止用の鉄柵を隔てただけで横浜公園に面しているので、球場外からリリーフ投手の掛け声やブルペン捕手の捕球音を聞く事が出来る。

ダッグアウトとブルペンの間は連絡路がなく隔絶されているため、プロ・アマ問わずリリーフ投手は試合前からブルペンで待機するか、試合中の攻守交替時にグラウンドを歩いてブルペンに向かわなければならない。また、ブルペンからマウンドまでが遠いので、プロの試合における投手交代時は通常、リリーフカーを使用する。球場誕生時から数回の世代交代を経て、現在のリリーフカーはトヨタ自動車のスポーツカー・MR-Sを改造したものを使用している。プロ本拠地球場の中で市販車ベースのリリーフカーを使用しているのは横浜スタジアムだけであったが、2006年シーズン途中より千葉マリンスタジアムでもボルボの改造車が使用される様になった。

近年は横浜スタジアムに替わる新球場建設の動きも見られた。1990年代の初めには近郊の新鶴見操車場跡に新球場を建設することを目指し入札手続の準備を進めたが、入札に参加しなかったためそれが頓挫したこともあったといわれている。また、その後の1990年代末にベイスターズが優勝争いをすると、ファンから横浜スタジアムの収容観客数の少なさや施設の狭さに対する不満が続出した。これに乗じた高秀秀信横浜市長(当時)は、みなとみらい21地区に新球場(多目的ドームを想定)建設を提案し、横浜商工会議所等の地元経済団体も呼応する動きが見られた(高秀は1998年の市長選で、ベイスターズの優勝を条件にドーム球場建設を公約している)。しかし当初から、大阪ドーム等の経営失敗例や横浜アリーナなどの既存施設と使用目的が一部競合することなどから、多くの横浜市民が多目的ドームの採算性に疑問を持っていた事に加え、2000年以降はベイスターズの成績がふたたび低迷し観客数も減少していったほか、2002年の高秀退陣以降、横浜市が不要不急な公共事業を縮小する政策に転換したこともあり、新球場構想は立ち消えとなった。その後、高秀構想によって新球場建設予定地と目されていた西区高島1丁目の広大な空き地は日産自動車によって買収され、同社の新本社ビルならびに横浜F・マリノスの練習場建設用地となった。

阪神タイガース名物「ジェット風船」は、横浜市の「ポイ捨て禁止条例」抵触と試合進行妨害、近隣を走る根岸線への影響を理由に禁止している。また、東京ヤクルトスワローズ名物の「ビニール傘応援」も一時期禁止されていた。

2006年からは、名球会入りしたホエールズ、ベイスターズの選手の名前を入れたボール模様のプレートをライト外野スタンドに設置し、その功績を称えている。
スコアボードから近い順に

「2000HITS 松原誠」(最終記録2095安打)
「200WINS 平松政次」(最終記録201勝)
「2000HITS 駒田徳広」(最終記録2006安打)
「250SAVES 佐々木主浩」(最終記録381セーブ(日本252セーブ、アメリカ129セーブ))
「2000HITS 石井琢朗」

         

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